町政情報まちの概要

まちの概要

位置

古平町は、積丹半島の東側中央部、積丹町と余市町に隣接した位置にあります。  余市町から古平町までの区間に鉄道はなく、公共交通としては余市町や小樽市から定期バスが1日16往復開設されています。広域幹線ルートは、国道229号であり、小樽市までは36.1㎞で車利用の所要時間は1時間弱、札幌市までは高速道路の利用で約1時間20分となっています。

古平町は、積丹半島の東側中央部、積丹町と余市町に隣接した位置にあります。  余市町から古平町までの区間に鉄道はなく、公共交通としては余市町や小樽市から定期バスが1日16往復開設されています。広域幹線ルートは、国道229号であり、小樽市までは36.1㎞で車利用の所要時間は1時間弱、札幌市までは高速道路の利用で約1時間20分となっています。

北:北緯 43°17’32
南:北緯 43° 4’35
西:東経 140°31’35
東:東経 140°42’55

面積

行政区域面積は188.36k㎡のうち山林が167.73k㎡と89%を占め、平坦地は古平川流域、丸山川沿いなどに限られており、比較的集約されて市街地、集落が形成されています。

町の生い立ち

古くから人の住む地域でありましたが、江戸時代には松前藩の統治下で「古比羅」「フルビラ場所」と呼ばれニシン漁場として拓かれました。その後も漁業を礎として発展してきた歴史をもっています。

古平という地名は現在の古平川と呼ばれている川の名前で、もとはポロベツと言われていたところで、この付近の大事な川でした。この川に赤い崖があって、それをフレピラ(赤い崖)と呼んだのが場所になったと言われています。

古くから人の住む地域でありましたが、江戸時代には松前藩の統治下で「古比羅」「フルビラ場所」と呼ばれニシン漁場として拓かれました。その後も漁業を礎として発展してきた歴史をもっています。 古平という地名は現在の古平川と呼ばれている川の名前で、もとはポロベツと言われていたところで、この付近の大事な川でした。この川に赤い崖があって、それをフレピラ(赤い崖)と呼んだのが場所になったと言われています。

町章

古平町の頭文字「古」を図案化したもので、上部の両翼は伸びゆく町勢と平和を象徴し、下部の円は円満融和と古平湾を表現しています。  総じて、古平町の豊かにして明るく躍進する姿と発展を意欲的に表現しています。

古平町の頭文字「古」を図案化したもので、上部の両翼は伸びゆく町勢と平和を象徴し、下部の円は円満融和と古平湾を表現しています。  総じて、古平町の豊かにして明るく躍進する姿と発展を意欲的に表現しています。

町花

町花はありません。

人口

国勢調査による令和2年現在の人口は2,745人、世帯数は1,282戸となっています。人口が最も多かった昭和30年に比べると1/3以下にまで減少しました。最近の人口減少の勢いは、昭和50年代ほどではないものの依然、減少が続いています。年齢別にみると、年少人口や生産年齢人口が減少し、高齢者人口の増加が顕著となっています。一方、世帯数は微減となっており、世帯の高齢化、核家族化が急速に進んでいます。

産業

本町の産業を令和2年の就業者数でみると、一次産業が193人、二次産業357人、三次産業772人となっています。一次産業のうち漁業従事者が153人で、現在の主な漁獲物は、エビ、タコ、ホッケ、カレイなどで、水揚げ高は13億円程度です。二次産業のうち製造業従事者は222人で、水産加工業従事者が大部分を占めます。サービス業や卸小売業、飲食店、運輸業などの三次産業は、経営者の高齢化と後継者難、近隣町村への購買力の流出、過疎化の影響などの課題を抱えています。

本町の産業を令和2年の就業者数でみると、一次産業が193人、二次産業357人、三次産業772人となっています。一次産業のうち漁業従事者が153人で、現在の主な漁獲物は、エビ、タコ、ホッケ、カレイなどで、水揚げ高は13億円程度です。二次産業のうち製造業従事者は222人で、水産加工業従事者が大部分を占めます。サービス業や卸小売業、飲食店、運輸業などの三次産業は、経営者の高齢化と後継者難、近隣町村への購買力の流出、過疎化の影響などの課題を抱えています。

町民憲章

わたしたちは、
鰊で拓かれた古平の町民です
先人のたくましい精神と
あたたかい人情を受けつぎ
青い海に 生きる力を養い
緑の山に 豊かなる生活を築き
住みよいまちをつくるために
この憲章を定めます
一、心と体を鍛え、元気で働きましょう
一、互いにあいさつをかわし 助け合いましょう
一、きまりを守り よい習慣を育てましょう
一、自然を愛し 美しい町にしましょう
一、ふるさとの歩みを大切にし 文化を高めましょう

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